無外全書

解説


昭和13年に中川申一によって編集された『無外全書』は、無外流を研究する上で第一級の資料である。本稿では、特に居合について着目したい。
「無外流居合の系譜」の項には、次のように記されている。
「無外流居合は、流祖辻無外によって発明せられたのであるが、現在行はるる無外流居合は、高橋家六代八助充亮の弟秀蔵、嘗て土佐に在りし頃、自鏡流居合を採り入れ、無外流居合として傅へたものと謂はれている。
高橋家六代八助充亮、其の弟秀蔵共に、自鏡流五代の祖山村司に、自鏡流居合を学んだ。これより姫路酒井藩においては剣術は無外流、居合は自鏡流が藩主酒井雅楽頭以下一般に、行はるるに至った。」
高橋家は代々、姫路藩において剣術指南役を務めてきた家柄である。本書の中核を成す高橋赳太郎はその一族であり、中川申一はその弟子であった。したがって「高橋家において自鏡流居合は八助・秀蔵によって取り入れられた」という伝承は、事実であろうと考えられる。
では、流祖・辻月丹の時代には居合の稽古は行われていなかったのか。これに関して、『辻無外傅』には次のような記述がある。
「武州青梅村の杉田庄左衛門は月丹の弟子となって、習うこと久しかった。或る日居合を習わんことを願った。其の時居合一腰を教えて伝ふに「居合は鞘の中にて勝負をなすこと肝要なり、鞘を離るれば剣術なり。去る程に貳間或は参間斗りの間にて敵に言葉をかけ、敵の抜かぬ先に抜打ち撃つこと居合の本意なり。吾子は只この抜打一腰を朝暮怠らず稽古せられよ」と。杉田庄左衛門は元来仇討をなす為、月丹に就いて、剣術を習ったもので、月丹も居合を教える頃はこの事を知って居たようである。」
この記述が正しければ、月丹は剣術とともに居合も教授していたことになる。さらに、文化六年(1809年)の辻記摩多(辰五郎)資幸の起請文には「無外流居合兵法」という文字が見えることからも、無外流は月丹の時代から居合を併伝していたと考えるのが自然であろう。
では、辻月丹の教えた居合が自鏡流であったか否か。確証のある資料は現時点で見つかっていない。ただ「辻月丹は自鏡流居合を多賀自鏡軒盛政に学び、弟子を自鏡軒の道場に通わせて自鏡流居合を学ばせた」という説も伝わっており、これを信じたいところである。
もともと無外流は剣術の流派であったため、居合としては外来の自鏡流を取り入れ、両流を併記して扱った。その結果、「無外流居合の系譜」における記述が「高橋家が初めて自鏡流居合を採り入れた」とも読めるような誤解を生む文章となったのかもしれない。
とはいえ、「無外流居合は流祖・辻無外によって発明された」と「辻月丹は自鏡流居合を多賀自鏡軒盛政に学んだ」という二つの記述の間には、いまだ解明されていない矛盾が残る。この点は今後の研究課題としたい。
なお、中川申一は戦後、自鏡流居合を基盤として「無外流居合兵道」を新たな流派として興している。現在、一般に「無外流」として認識されているものは、この「無外流居合兵道」である。
新流派の成立には、終戦後の昭和20年代後半、全日本居合道連盟や全国剣道連盟などが居合を統合し標準化を進めたという時代背景がある。こうした統合は、古流居合の衰退を招く一方で、各流派が交流する契機ともなり、中川申一にとっては新流派を興す絶好の機会であったろう。
たとえば「無外流居合兵道」の走り懸かりは、警視流の「立居合」とほぼ同じである。警視庁で「三郎三傑」と称された高橋赳太郎を師に持つ中川申一にとって、これは自然な選択であったと思われる。
さらに「無外流居合兵道」の形を紐解くと、本書に掲載された形や動きよりも、関口流や田宮流の影響を多分に受けていることがわかる。すなわち「無外流居合兵道」は、自鏡流居合を基盤としつつ、当時残されていた古流のエッセンスをふんだんに吸収した新流派であったといえるだろう。
重要なのは、「無外流居合兵道」を無外流と同一視して曖昧に伝えるのではなく、歴史を正しく認識したうえで稽古に臨むことである。


文責:関戸光賀
 

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