居合・古武道

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独り言:第七回居想会演武会より 2013.6.9

無外流の流祖・辻月丹と同じ時代に生きた偉人に、松尾芭蕉がいます。
 松尾芭蕉は、“古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ”という言葉を残しています。居合や剣術など古武道でいうならば“古人の跡”とは「形」が当てはまるでしょう。「形」は動きと理合を合理的に伝える手法の一つです。ただし完璧な伝承法とはいえません。古武道においては現在に多くの「形」が伝わっていますが、古人が生涯をかけて編み出した技の真理を伝承者が理解できなければ、それは形骸化した「形」になるという危険を秘めています。
 古武道の教えは古来より口伝が中心であるため、一度でも途絶えてしまうとそれを取り戻すことは難しいこととなります。明治政府の廃刀令によって刀を主とし た武術は衰退し、大東亜戦争により多くの継承者を失い日本の古武道の形態は大きく変貌しました。無外流もこうしたものの一つです。月丹はこうしたことを予測 していたのでしょうか。口伝が途絶えれば伝承が途絶えます。詳細に「形」の動きを書き記しても肝心なことが伝わらなければ意味をなしません。月丹は十剣秘訣を禅語で表し、「形」については何も語っていません。無外流を知るためには、十剣秘訣を紐解きそれを元に修養を重ね、さらに想像力を結集しなければなら ないのです。現在ではそれが無外流の本意を知る唯一の方法なのです。
 月丹は無外流を延宝8年(1680年)に興しました。この時代は関ヶ原の戦いより20年が過ぎ、徳川幕府も盤石な体制となり平和な時代でした。そこに求 められる武術は戦国時代の甲冑を身につけた刀の操法ではなく、素肌剣法と呼ばれる甲冑を身につけていない前提での剣法です。技の研究においてはそうした時代背景や月丹が影響を受けた古武道の研究も進めるべきでしょう。
 また、将軍家指南役の柳生宗矩の提唱した活人剣は、太平の世にあるべき古武道のあり方を説いてます。一方、月丹は剣の心を禅に求め悟のための修行として捉えており、アプローチの仕方こそ違え武術を武道へと昇華している点で同じです。この時代でも、武器としてならば刀より鉄砲や槍が優れているのは明白でし た。実用性の高くない剣の技が今日まで残り多くの人が稽古をしている背景には、剣の修養は精神性を高め自己を律する修行の過程であると、綿々と引き継がれ ているからでしょう。ここにスポーツとは違う古武道の崇高な原点があります。
 私たちは "古人の求めしところを求めよ" を出発点とし、どこまで成長することができるのかがテーマです。私の代で出来なかったことは次の代が引き継げば よいのです。大切なことは形を形骸化させることなく、無外流を生きたものとして伝承し続けることだと思います。


第七回居想会演武会・冊子序文より:関戸光賀